全木製硬式飛行船の系譜(その3)

 第一次世界大戦時に硬式飛行船を運用していたイギリスも、ドイツのシュッテ=ランツ社から亡命してきた技術者の主導の下、R31・R32と2隻木製飛行船を建造している。

R31(The Airship Heritage Trustより)
R31(出典:The Airship Heritage Trustより)

 HMA R31の竣工は休戦協定締結直前の1918年11月となったが、この型は操縦室の後方に対Uボート用として12ポンド半自動砲を搭載していたことが特筆される。構造材にはスプルース(トウヒ)が用いられており、ニスを塗って耐火性を持たせていた。
 なお、試験飛行では、船体下部の竜骨両端に立った乗員の姿が互いに見えなくなるくらい船体がたわむことが分かったが、特に問題とはされなかったようだ。

R31(The Airship Heritage Trustより)
建造中のR31(出典:The Airship Heritage Trustより)

 試験飛行を終えたR31は、彼女の基地となるスコットランドのイーストフューチャーに向かう飛行中、縦舵の舵面に張られたキャンバス製の外皮が剥離して操縦が困難となり、ヨークシャーのホーデンに着陸して修理を行なった。

 その5日後に戦争は終わり、R31はそのまま格納庫で待機状態となる。不幸なことに、この格納庫はその直前に発生した火災で屋根を失っていた。応急的な修理は施されていたものの、雨漏りはR31の木質構造材と、その接着に用いられていた接着剤に致命的な損傷を与えることになる。

 強力な合成系接着剤の無かった当時、木質構造材の接着にはおそらく牛乳タンパクから抽出された、カゼイン系の天然系接着剤が用いられていたと思われる。この接着剤は、湿度100%の実験室環境下では24時間でほぼ100%剥離するものである。
#ちなみに、このカゼイン系接着剤は、第二次世界大戦時の木製機、デ・ハビランド モスキートにも使用されている

 R31の廃棄が決定され、解体時に発生した廃材は燃料業者に薪として売却された。総飛行時間は9時間に満たず、任務飛行時間はわずか4時間55分であった。
 なお、後に燃料業者は顧客からの猛烈な苦情を受けることになる。先述のとおり、R31の木質構造材には強力な不燃処理が行なわれていたからである。

 姉妹船R32の完成は戦後の1919年となり、アメリカ飛行船隊の乗員の訓練に用いられたが、資金的な問題から1921年に解体された。総飛行時間はわずかに210時間余りであった。

R32(The Airship Heritage Trustより)
R32(出典:The Airship Heritage Trustより)

全木製硬式飛行船の系譜(その2)

 あまり知られていないことだが、フランスも硬式飛行船を建造している。1913年、現在は軍用ゴムボートメーカーとして有名なZodiac社が建造したフランス初の硬式飛行船は、全長113m、直径13.5mの木構造だった。
 設計者の名前を取って"SPIESS"と名付けられたこの飛行船は、その後、船体延長などの改修を受けつつ数回飛行したようだが、1914年8月の世界大戦勃発を受けてか、同年12月に解体されている。

SPIESS(Wikipedia(en)より)
SPIESS(出典:Wikipedia(en)より)

 Zodiacの創業者の姓が"Mallet(木槌)"なのは、この飛行船が木製なことと何か関係があるだろうか(ありません) なお、大戦中Zodiac社は気球や軟式飛行船の建造に注力している。

Zodiac(Wikipedia(en)より)
ZodiacIII(出典:Wikipedia(en)より)

 以後フランスは、大戦終了後にドイツからツェッペリン飛行船LZ114を戦争賠償として獲得するまで、硬式飛行船を運用することはなかった。この飛行船は"Dixmude(ディスミュド)"と命名されたが、後に地中海上空で嵐の中を飛行中行方不明となり、フランス硬式飛行船の短い歴史はここで終わっている。

LZ114,Dixmude(Wikipedia(de)より)
exLZ114, Dixmude(出典:LZ 114,Wikipedia(de)より)

全木製硬式飛行船の系譜(その1)

 WW1時ドイツは最大で全長200m近い木製の硬式飛行船を、20隻以上実戦配備していた。建造はSchutte-Lanz(シュッテ=ランツ)社で、船体の空力設計などでは有名なZeppelin社を上回る先進性を見せている。

SL2(Wikipediaより)
SL2(出典:シュッテ=ランツ,Wikipediaより)

 Zeppelin社製飛行船に用いられていたジュラルミンに比して、木材それ自体の強度は(試験室レベルでは)決して劣るものではなかったが、当時強力な合成接着剤がなかったこともあって、船体構造の脆弱性が問題になった

SL1骨格(Wikipediaより)
SL1骨格,本船のみ大圏構造(出典:シュッテ=ランツ,Wikipediaより)

 飛行船乗員からは"ニカワ壷"なるあだ名を頂戴していたようだ。Schutte-Lanz社も、後にジュラルミン製の飛行船を建造することになるが、その第1船が就役する前に終戦を迎えることになる。
 なお、構造材として用いられた木材の樹種はアスペン(Aspen,ヤマナラシ - Wikipedia)で、近似種が中国製の割り箸に用いられている。

第一次世界大戦におけるドイツ飛行船の英本土爆撃

 第一次世界大戦においてドイツ飛行船が英本土爆撃を行っていたことは周知の事実であると思う()が、当時の飛行船の爆弾搭載量はどれほどのものであったのだろうか。

L71(Zeppelin; the story of a great achievementより)
L71 at Friedrichshafen(出典:Zeppelin; the story of a great achievementより)

 この爆撃行に出撃した飛行船の最大搭載量の記録は、1916年9月23日夜のL30(海軍所属)によるもので、その内訳は4発の300kg爆弾、40発の58kg爆弾、そして60発の11kg焼夷弾、合計4.2tであった。

1916年4月、ツェッペリン飛行船が投下した爆弾(Wikipedia(en)より)
1916年4月、ツェッペリン飛行船が投下した爆弾(出典:Zeppelin,Wikipedia(en)より)

 その後、英本土の防空体制の充実によって、ドイツ飛行船はその搭載量を代償として最大上昇限度を獲得せざるをえなくなり、戦争後期にはかえって爆弾の搭載量が減少している。

 とはいえ、1918年8月5日の夜、最後の英本土爆撃に出撃したドイツ海軍飛行船隊の5隻は、いずれも2.5~3.5tの爆弾を搭載していた。

L70(Zeppelin; the story of a great achievementより)
L70 at Friedrichshafen(出典:Zeppelin; the story of a great achievementより)

 もっとも、それが全長211.5m/直径24.0m/気嚢容積62,200m^3/最大速度131km/h/乗員18名(L70)の巨体に見合ったものかと言えば、その後の戦争の歴史が証明しているところであろう。

英国海軍飛行船―HMA No.1 "Mayfly"

 英国において"HMS (His/Her Majesty's Ship)"を冠する艦船を「英国軍艦○○」と和訳するのはよく見かけるが、"HMA"は何と訳するのが適当であろうか。His Majesty's Airship、英国海軍が建造した硬式飛行船に冠されたものである。

 1911年、ドイツのツェッペリン伯爵が初飛行を成功させたLZ1に遅れること11年にして、英国海軍初の硬式飛行船が完成した。その名もHMA No.1,英国海軍飛行船第一号―この簡素な制式名だけではなく、彼女はより一般的な愛称も持っていた―"Mayfly"である。

HMA No.1(Wikipediaより)
HMA No.1 "Mayfly"(出典:HMA No.1,Wikipediaより)

 これを「カゲロウ」と訳すべきか、「飛ぶかもしれない」と訳すべきかは迷うところ(!)であるが、これが英国流のジョークという奴なのだろうか。。。
 1911年5月22日、HMA No.1の記念すべき初飛行となるはずだった試験飛行は失敗に終わった。重すぎて浮揚できず、3tあまり軽量化してようやく1.2mほど浮かんだようだ。同年9月24日に、再び試験飛行が実施されることになった。

HMA No.1(Wikipediaより)
9月24日、格納庫から引き出されるNo.1(出典:HMA No.1,Wikipediaより)

 結論から言うと、この日も"Mayfly"は空を飛ぶことはなかった――そして、この日以降も永遠に。格納庫から引き出している最中に突風に煽られ、真ん中でポッキリ折れてしまったからである。

HMA No.1(Wikipediaより)
同日船体折損を起こしたNo.1(出典:HMA No.1,Wikipediaより)

 ちなみに、どちらの意味でもまさにうってつけとなってしまった"Mayfly"という愛称は、この事故の前からすでに付けられていたようである。個人的には、5月(May)の初飛行に失敗したあたりで、誰かが皮肉ったのがそのまま現実となってしまったのではないかと考えている。

第一次世界大戦初頭のドイツ海軍飛行船部隊

 第一次世界大戦におけるドイツ海軍飛行船隊の、ユトランド沖海戦までの就役状況をまとめてみた誰得データ。青線は開戦、赤線がドッガー・バンク海戦とユトランド沖海戦。

WW1独海軍飛行船就役状況

 保有1隻でWW1に突入するドイツ海軍飛行船隊ェ。。。
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