ヘッセルマンエンジン―陸軍三式潜航輸送艇と木製大護衛艇(その2)

 さて、「陸軍潜水艦」(土井全二郎,2010年光人社NF文庫)にヘッセルマンを積んだら海軍技術陣に褒められた、的な記述がある。しかし、これは当時の日本の置かれた状況を鑑みて、やむを得なければ即ち仕方がない、といったところで、やはりこれを積んだフネ作るのはダメな方向ではないかと思う。

 先の木製大護衛艇には、350馬力ディーゼル2基搭載の甲と、160馬力ヘッセルマン2基搭載の乙がある。機関重量の計は甲3.7tに対して乙5.4tと重く、最大出力時の回転数は900rpmと1,000rpmで概ね同等。ヘッセルマンの馬力当たり重量が軽い、というのはどうやら「陸軍兵器総覧」(日本兵器工業会編,1977年図書出版)に記述されている谷口少佐の言が出典であろうと思われるが、何と比べてのものだろうか。

 確かにヘッセルマンエンジンの特徴の一つとして、ディーゼルほど高圧縮比ではないので強度が必要なく、軽く作れるといえばそのとおりである。
 また低速ディーゼルは重いのも事実で、海軍の駆潜特務艇に搭載された中型400馬力ディーゼルは本体だけで9.5tあるが、こちらの最大出力時の回転数は500rpmで発生トルクが倍以上違う。付け加えるなら、木製大護衛艇は当初戦標船2EのF5ディーゼル550馬力の計画だったが、これは29t近くあって重過ぎるとして後に取り止めている。

 燃料消費率を見ても350馬力ディーゼルが190g/馬力/時、ヘッセルマンが240g/馬力/時と効率も劣る。もっとも、こちらは気筒の大きさの違いもあるだろうが。

基本計画(1)
基本計画(1)(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020287200より)

 この木製大護衛艇の基本計画を見るに、「2」の350馬力ディーゼルはまるゆ2型の主機に2基2軸として採用予定のものと同じものらしい。まるゆ1型の2基タンデム1軸に比べて堅実な設計で、やはりヘッセルマンは使いたくて使ったものではないのだろう。

 なお木製大護衛艇であるが、当初15ノットを発揮するために「1」のF5ディーゼルをこの第一次計画で選定したものの、先のとおり不経済であるとしてこの後の二次計画でまるゆ用として研究中の「4」の500馬力ディーゼル1基とし、最終計画で主機が「4」のディーゼルと「5」のヘッセルマンの二本立てとなり、最後に「4」のディーゼルはどうやら都合がつかずに「2」の350馬力2基となったらしい。

 ついでにこの「2」の350馬力ディーゼルは、元をたどると陸軍の装甲艇(AB艇,文中一見『AD艇』だがよく見るとABと書いてある)に搭載されたもので、新潟鐵工所では機関形式T6YA/T6YB(シリンダ径235mm×行程270mm)として生産されている。これに過給器をつけて525馬力としたT6YBSが存在し、これが「3」かあるいは「4」の500馬力ディーゼルを指すのかもしれない。

5式木製大護衛艇(甲)取扱法(案)/附表
5式木製大護衛艇(甲)取扱法(案)/附表(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020288600より)

ヘッセルマンエンジン―陸軍三式潜航輸送艇と木製大護衛艇(その1)

 かつて、ヘッセルマンエンジンという内燃機関が用いられていた時代があった。スウェーデンのヨナス・ヘッセルマンの発明によるもので、1930年代に自動車用のほか、油田掘削用の動力としても用いられた。三式潜航輸送艇こと「まるゆ」の主機関としても、一部方面で有名であるかもしれない。
 ヘッセルマンエンジンは、ガソリン機関とディーゼル機関を足して二で割ったような性格の機関で、利点としては低質油やガスを燃料とできること、欠点としては点火装置と噴射装置の両者が必要なことが挙げられる。

 まるゆの方面から調べていくと、JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13120848500、軍管区別兵器 製造設備能力分布状況表 昭和20.5(防衛省防衛研究所)の「舟艇の部」に、まるゆ(ヘッセルマン)発動機月産32台との記載がある。

軍管区別兵器 製造設備能力分布状況表 昭和20.5
舟艇の部,軍管区別兵器 製造設備能力分布状況表 昭和20.5(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13120848500より)

 相模陸軍造兵廠15基/月の他、発動機製造(ダイハツ)、大阪金属工業(ダイキン)などの名前があるが、久保田鉄工所(クボタ)が0になっているのは3月の大阪空襲の影響だろうか。

 ダイハツでは、昭和17年春に帝国石油から油田開発用機械の原動機として、ヘッセルマンエンジンを受注したとの記録がある。形式は6EKH、シリンダ径178mm×行程178mm、毎分回転数1,150で200馬力、重量は2,800kgと記されている。
 また、ダイハツにはこのようなものも残っているようだ。

 200馬力ヘッセルマン機関取扱説明書 6EKH-A(産業技術資料データベースより)

 一方、このリストにはないが、新潟鐵工所が陸軍向けに南方油田さく井用として「統一型ヘッセルマン式H6SB形」160馬力(200馬力の記述もあり)を製作したとの記録がある。H6SBの要目を見ると、4サイクル6気筒でシリンダ径178mm×行程178mm、毎分回転数1,000となっている。
 さく井用としては、噴出する天然ガスを燃料に利用できるヘッセルマンの利点が生かせたのだろう。なお、海軍向けのさく井機には115馬力ディーゼルを用いたらしい。

 これらはまるゆ用のヘッセルマンを2基積んだ陸軍の「五式木製大護衛艇(乙)」の主機要目と出力以外は同じで、同一のエンジンと見てよいだろう。

5式木製大護衛艇(乙)取扱法(案)/附表
5式木製大護衛艇(乙)取扱法(案)/附表(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020289300より)

 なお、これら陸軍ヘッセルマンエンジンの原型はアメリカのワーケシャ"Waukesha"社が開発したもので、後にGEに買収されてガスエンジンのブランドとして今に残っている。

 ワーケシャ・ガスエンジン

 また、大護衛艇に積まれたヘッセルマンエンジンの写真が残っている。後に海軍でもヘッセルマンを航空基地の発電用に使用したようだ。

5式木製大護衛艇(乙)取扱法(案)/附図
5式木製大護衛艇(乙)取扱法(案)/附図(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020289400より)

木製大護衛艇2型 写真集
木製大護衛艇2型 写真集(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14020289800より)

軍艦、鯨を獲る

 時は日露戦争開戦前夜、1904年(明治37年)2月6日。陸軍韓国臨時派遣隊2,252名を乗せた運送船大連丸以下3隻は、第二艦隊第四戦隊の防護巡洋艦浪速、新高、高千穂の3隻に装甲巡洋艦浅間を加えた計4隻に護衛され、14時に佐世保を出港した。

 この仁川上陸部隊を載せた輸送船団は、先頭から高千穂、浪速、新高と浅間、その後方に運送船が続く単縦陣を組んで航行していた。

極秘明治三十七八年海戦史
極秘明治三十七八年海戦史(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05110031800より)


 その後、予定どおり途中で他の部隊との合流を果たして順調に航程を進めていたが、異変は翌7日の18時20分、朝鮮半島南西端の羅州群島にある七発島沖を航行中に発生した。先頭を航行していた高千穂が、何事か急に速力を落としたのである。

高千穂 (防護巡洋艦)
防護巡洋艦高千穂(出典:高千穂 (防護巡洋艦),Wikipediaより)

 旗艦浪速の参謀森山少佐は、高千穂が減速したのを不審に思っていたところ、高千穂に信号旗が揚がって曰く「ワレクジラヲツク」。

 森山少佐は信号旗の誤読ではないかと叱り付けたが、当直将校は信号書と首っ引きで解読し直し間違いないとのこと。では向こうが旗を間違えているのではないか、と発して曰く「クジラトハナニナルヤ」。

 高千穂答えて曰く「クジラトハオオイナルサカナナリ」。浪速の艦橋では笑い声が上がったという。

 鯨の横腹に刺さった高千穂の衝角は食い込んでなかなか取れず、後進をかけてやっと離脱したとのことであるが、この鯨が何であったかはよく分からない。予定の原速であれば高千穂の速力は10ノットであっただろうが、遊泳速度の遅いザトウクジラであろうか。

 高千穂が鯨を轢いたこの一件、「極秘明治三十七八年海戦史」にも記述がある。

極秘明治三十七八年海戦史
極秘明治三十七八年海戦史(JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05110031800より)

(資料出典)
 JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05110031800、「極秘 明治37.8年海戦史 第1部 戦紀 巻2」(防衛省防衛研究所)

空襲を受けた日立造船桜島造船所

 fold3.com より撮影日不明の一枚、おそらく1945年5月以降。"Osaka"としかないけれど、これは日立造船桜島造船所。現在、同地はユニバーサル・スタジオ・ジャパンとなっている。

Fold3: Military Records

 造船所の船台と建造の様子が分かって面白い。右下の船渠にいるのは御蔵型(日振型)海防艦大津(未成)、一番上の船台にいるのが海防艦友知(未成)と思われる。右手を流れるのは安治川、上から順に戦時標準船2A型、その下に建造中の2E型、一番下の見切れているのは戦時標準船1C型だろうか。

WELCOME YANKEE

 世の中何事にも準備というものが必要であるが、やむをえない事情というものもまた存在する。ただ、若干方向性に疑義を呈せざるを得ないものも、時にはあるということかもしれない。パラオ、おそらく1944年、fold3.comより。

Fold3: Military Records

マニラ湾の落日(その2)

 fold3.comにあるだけのマニラ港の空撮写真から、沈没している商船を数えてみた。赤矢印が艀やタグボート以外のそれなりの大きさを持つ船舶と思われるもので、この4枚から少なくともa~z,A~Eの31隻が確認できる。これらの写真に写っていない分もあると思われるが。青矢印は岸側より沖波、初春、木曽。

出典:fold3.com

出典:fold3.com

出典:fold3.com

出典:fold3.com

 そして、私の分かる範囲でこれを記録のある沈没船リストと照合してみたところ、下記のような表となった。日本郵船戦時戦史や大阪商船などいくつかの社史はあたったものの、複数の同型船の特定には至らなかった。
 拿捕船については、その姿形も分からないのでどうやって判別したものか考えあぐねているし、どうやら戦後に位置を動かした船もいるようでますます分からない。

マニラ湾在港中に沈没した船舶

 戦没した船と海員の資料館にも海域別の戦没船が紹介されているので、我こそはと思う向きがおられましたら調査をお願いしたいところ。

戦没した船と海員の資料館
 海域毎の戦没船

マニラ湾の落日(その1)

Fold3: Military Records

 fold3.comより、1945年2月のマニラ港。日本商船隊の壊滅、という見出しが躍りそうな惨状である。右の一番手前は戦時標準船2A型、その左に岩城丸(鶴丸汽船,戦時標準船2E型)。2A型の右奥は二洋丸(浅野物産,戦時標準船1TL型)。

Fold3: Military Records

 少し引いた位置からマニラ港を見たもの。中央の一番遠くにいるのが極東丸、一番右奥が能代丸。中央で左舷を見せているのが金華丸で、その少し奥に軽巡洋艦木曽。

Fold3: Military Records

 日置丸(日本郵船,戦時標準船1K型)。防波堤の向こう側に横転しているのが妙義丸(東亜海運)、その向こうに軽巡木曽。

Fold3: Military Records

 防波堤付近の沈船群。手前は大福丸型ストックボートのように思われるが、同型3隻がマニラ港付近で沈没しているため特定は難しそうだ。右手奥から2隻目の油槽船は、1枚目にも写っている二洋丸。

Fold3: Military Records

 着底した川崎型油槽船極東丸(旭東丸,大八洲丸,飯野商事)、船尾から船首方向を見たもの。デリックのうち2本が鉄材節約のためトラス構造のブームになっている。

Fold3: Military Records

 能代丸(日本郵船)。沈船群の最南端にいる。

Fold3: Military Records

 軽巡洋艦木曽。改装で前甲板に装備された高角砲は、沈没後に陸揚げされたという。
 防波堤の向こう側に、戦時標準船2A型が2隻確認できる。2A型は5隻がマニラ港付近で沈没しているため、こちらも特定は難しそうだ。

Fold3: Military Records

 駆逐艦沖波。左奥に神国丸(栗林商船,戦時標準船1C型)が見える。

-***-

 ここからキャビテ方面。マニラ港より15kmほど南方に位置するので、いずれの艦船もこれまでの写真には写っていない。

Fold3: Military Records

 空襲を受けるキャビテ港。中央やや左下の小島で駆逐艦秋霜と曙、第5蓬莱丸が沈没することになるが、この写真では確認できない。あるいは沈没前の時期の撮影かもしれない。左奥の水面はバイ湖。

Fold3: Military Records

 左下隅に転覆した秋霜の船底が確認できる。1つ前の写真とは船舶の配置が異なるので、撮影時期も違う可能性が高い。

Fold3: Military Records

 奥のタンカーが第5蓬莱丸(蓬莱タンカー,戦時標準船2ET型)、手前のビルジキールを見せて転覆しているのが秋霜、その間で艦橋と前後煙突が見えているのが曙。

Fold3: Military Records

 キャビテで擱座放棄された給油艦洲埼。潜水艦の雷撃を受けて損傷した後、キャビテで入渠修理中に艦載機の攻撃を受けて大破したようだ。後甲板の12cm高角砲が天を睨んでいる。

-***-

 これらより少し後、1945年8月19日にマニラで撮影された病院船橘丸。そうか、ここにいたのか。

Fold3: Military Records
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