戦時標準船2A型の積載量について

 戦時標準船2A型は6,600総トン(計画値)である。この総トン数(Gross Tonnage)は船の容積を示すもので、実際に積める貨物の重さではない。それを示すのは載貨重量トン数(Dead Weight Tonnage)である。

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 ではそれがいくらかというと、11,200載貨重量トンである。戦時造船史にはこれらの数字と並んで、平時満載貨物として10,114トンとの数字がある。1割の戦時増載込みということであろうか。

 1945年(昭和20年)7月の伏木港(富山県)の入港船。戦後にGHQに提出したもののようだ。「7/16 DAIIKU 12,090」「7/18 EHIKO 11,899」がそれぞれ石炭1万トン強を搭載して入港したことになっている。
Port of Fushiki: Daily record of entry and clearance of ships

国立国会図書館デジタルコレクション - Port of Fushiki: Daily record of entry and clearance of ships, port of Fushiki(Japanese). : Report No. 54a(1)(a), USSBS Index Section 2 (コマ番号59/97より)

 前者は大郁丸(大阪商船)、後者は英彦丸(日本郵船)で、いずれも戦時標準船2A型である。表の項目の総トン(GT)は、斜線で消されて載貨重量トン(DT)に訂正されている。2A型も満載で運航されていたのだな、と少し安心する。 

戦時標準船2A型の戦後

 戦時標準船2A型、と言われてぱっと船容が思い浮かべられる人は少数だろう。何しろ残っている写真が少ない。2年ちょっとの間で120隻余も建造された筈なのに、日本で撮影された公試時の写真などの他にはこういうものがあるばかりである。
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 国破れて山河あり、日の丸商船隊失われて戦標船ばかり残り、という訳でもないが、残存したり引揚げられたりで50隻ほどの2A型が戦後再び就航している。海運界の復興に伴いやがて海外航路にも進出するが、入港先としてもあんまり危ない船に入ってきてもらうのはお断り、となるので、国際的に認められた船舶の安全規格に沿うよう改造工事をした上で日本から出すことになる。戦後盛んに実施された、戦時標準船の国際船級への入級工事がそれである。

 敗戦により、戦前日本が持っていた国際船級であるNK船級の効力も海の藻屑となったので、戦後就航した2A型のうちおよそ2/3はアメリカのAB船級を取得した。この入級工事に際して三島型に改装されてしまったので、昔日の2A型の面影はない。船首と船尾周りにかすかにそれと思しき雰囲気が残っている。
CVA 447-8482 - S.S. Tamon Maru No. 16 [at dock]
S.S. Tamon Maru No. 16 [at dock] - City of Vancouver Archives

 さて、この第十六多聞丸の5年ほど前の姿を見てみよう。国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス、1947/11/06(昭22)撮影のUSA-M631-58の一部、石川県七尾南湾の湾口付近。
石川県七尾南湾の湾口付近(1947/11/06(昭22)撮影)
(出典:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス



 真っ二つになりかけていたのを二つに切り離し、舞鶴まで曳航して繋ぎなおした記録が残っている。

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CiNii 論文 - 第十六多聞丸結合工事


 いつも空船状態の2A型しか見ていないので、船脚を深く沈めた姿に違和感を覚えたり、乾舷の低さにちょっと不安になったりもする。これで北太平洋横断するんだよな?(撮影地:バンクーバー)
S.S. Enkei Maru E.O. 26 [at dock]
S.S. Enkei Maru E.O. 26 [at dock] - City of Vancouver Archives

 先入観がある故になかなか信じて貰えないこともままあるが、あまり有名でない戦標船ならそんなこともないだろう。改装された戦時標準船2A型、輝山丸。売船に伴って泉丸と改名後の姿。
CVA 447-5242 - M.S. Izumi Maru
M.S. Izumi Maru - City of Vancouver Archives

 ただでさえ船尾トリムが問題になった2A型を船尾船橋にして、操船に問題は生じなかったのだろうか。

 このAB船級入級工事、政府が希望する船主に斡旋したらしく設計はほぼ同じらしいが、改装工事は複数の造船所で行っているので艤装に多少の差異がある。予備浮力が心配になるが、これほど荷を積んだ戦争中の写真は見たことがない。
CVA 447-8465.2 - S.S. Taikyu Maru
S.S. Taikyu Maru - City of Vancouver Archives

 なお、少なくとも一部の船は改装に当たってトランサムスターンを改めているが、理由はよく分からない。船尾の甲板面積の拡大と予備浮力の増大くらいしか思い当たらないが、案外「見た目」だろうか。 
CVA 447-7055.2 - S.S. Mukahi Maru [at dock]
S.S. Mukahi Maru [at dock] - City of Vancouver Archives

 戦時標準船2A型、とこの写真を示されて違和感を抱くのは見慣れている人だけかもしれない。よく見るとデリックのブームはトラス構造の省材型だし、キングポストは角断面で戦時中の建造に違いない。
CVA 447-5589 - S.S. Kyoshin Maru
S.S. Kyoshin Maru - City of Vancouver Archives

 実はこの船、戦争末期に播磨造船所で起工され、戦時中に1隻しか完成しなかったちょっとレアな3TA型の1隻戸畑丸で、売船されて共進丸と改名後の姿。3TAは2A型を基本に機関出力を向上させた油槽船として戦争末期に計画されたが、南方航路の途絶により貨物船に改装されたもの。

 改装されているものの、こちらが本来の2A型。遠州丸が売船された後の姿。

ShipSpotting.com
© dedge


 この写真、戦標船関係の某洋書の表紙に使われているもののようだ。
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