天洋丸二題【2017/3/12改稿】

第三天洋丸(出典:大洋漁業80年史 )
第三天洋丸(左側)(出典:大洋漁業80年史)

第三天洋丸

 旧日本海軍が開発したディーゼル機関に、マ式4号というものがある。気筒内径530mm/行程740mm、4サイクル単動10気筒で2,250ps/225rpmというもので、特徴としては22号よりやや低速型の機関である。ストロークが長いせいか、やたら重量が大きい。
 本機関はMAN社のライセンシーである三菱横浜造船所で建造された、軽質油運搬艦である洲埼型給油艦2隻に各2基搭載された。内訳は2基が三菱横浜、2基が川崎神戸である。なお、マ式1号は駆潜艇や潜高、2・3号は敷設艇に搭載されている。

 わずかな生産数に終わったかと思われるこの機関、戦後になってしれっと1基登場する。仕掛品を戦後完成させて、川崎神戸にて昭和23年12月竣工の大洋漁業の捕鯨母船兼冷凍工船、第三天洋丸に主機として搭載されたのである。この船、総トン数は3,700トン余りと小型ではあるが、図面にも写真にもあるように、船尾にスリップウェイが開口している立派な捕鯨母船である 。

 が、第三天洋丸が捕鯨母船として使用されたことは、ただの一度もなかった。当初の建造目的の一つは間違いなく小笠原捕鯨用の捕鯨母船であったのだが、完成時すでに小笠原沖の鯨資源は減少に向かっており、まもなく中止されたからである。
 第三天洋丸は、その生涯においてスリップウェイから鯨を引き揚げることはなく、各種船団の冷凍工船/冷凍母船として用いられた。ゆえに、社内では「処女船」などと呼ばれたことがあったようである。しかし、ケツの穴なのでむしろ(ry

 なお、昭和35年出版の大洋漁業80年史では機関ディーゼル3,000馬力との記載があり、これは後に川崎神戸製の排気過給機を装備して出力が向上しているためである。

CiNii 工船兼冷凍船第三天洋丸概要

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 天洋丸という船名から、大洋漁業の各種工船を思い浮かべる人はさぞかし少なかろうと思うが、東洋汽船の北太平洋航路の貨客船を思い浮かべる人はもう少し多いように思うのでおまけ。

天洋丸(貨客船)(Wikipediaより)
天洋丸(出典天洋丸級貨客船 ,Wikipediaより)

 天洋丸が就航後15年を経過した大正12年頃、老朽化した天洋丸のパーソンズ社製タービンの換装計画が持ち上がった。車室と翼車の磨耗により、蒸気の損失が増加したのが原因である。長崎造船所製の春洋丸には見られなかったというから、何が原因であったのだろうか。

 この時船主の東洋汽船から持ち込まれたのが、先頃ワシントン海軍軍縮条約にて廃艦となった戦艦土佐のタービンが、陸上試験を終えたまま放置されているのでこれを使用したい、との話である。
 土佐の主機械2台、推進器等をすべて流用して2軸とし(※竣工時3軸)、主機械の巡航段落から給気して18ktを確保するという計画であった。おそらく、高圧タービンを持ってこようというものであったのではなかろうか。

 その後、ロイド船級の規定が改定され、これに適合させるには改造が困難であるという理由から、土佐タービンの流用は取り止めになる。結局、中央軸の高圧直結タービンをギヤードタービンに換装したのみで、天洋丸は再び北太平洋航路に戻っていくことになった。

CiNii 天洋丸主機械改造に就て
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