石炭を焚く(その3 石炭は歩いてこない)

アジア歴史資料センターレファレンスコード:C08020811300 P10
 大正5年、新造出来立てほやほやの扶桑である。機関出力40,000馬力を少なくとも6時間継続できるようだ。 。。ところで、この表では平均40,000馬力で21.6ktということになってますが、新造時の扶桑型は機関出力何馬力で何ノットってことになってましたっけか。

アジア歴史資料センターレファレンスコード:C13071971700 P2
 扶桑型は40,000馬力で22.5ktらしい。長門型は80,000馬力で23kt。1ページ目には、昭和6年に「艦艇要目公表範囲を別表のとおり定める」とある。一般に公表するのはこの数字、という訳だ。

アジア歴史資料センターレファレンスコード:C08020811300 P46
 昭和2年の伊勢の石炭搭載状況。扶桑型のものが見当たらないけれど、そんなに違いはないだろう。

 平賀譲デジタルアーカイブ 資料番号:2116 軍艦山城一般艤装図(8/12) 中甲板の両舷に規則正しく開いている丸い穴が、石炭搭載口。
 同じく軍艦山城一般艤装図(2/12)。"Coal"と書いてあるのが石炭庫。缶室横だけでなく、機関室、砲塔側面までびっしり石炭が搭載されている。缶室に供給しにくい位置にもあるが、搭載量の確保以外に、石炭に防御も期待しているので、当然と言えば当然ではある。

アジア歴史資料センターレファレンスコード:C04015805200 P31
 では、石炭焚きの超弩級戦艦が全速航行したらどうなるか。伊勢が三戦速23kt5万6千馬力を出すと、時間当たり30t弱の石炭を消費する。缶前に事前蓄積した80tは、およそ2時間半少々で使い切る計算。
 ここから先は、炭庫から搬炭員が運んでこないといけない。炭庫も取り出しやすい手前から奥へ行くに従い、缶への供給効率は落ちる。戦闘中でなければ、他から応援が望めるけれど。。。

アジア歴史資料センターレファレンスコード:C08051188500 P10~
 石炭(練炭)が大正4年製だった上、休業者が多かったので、缶替え(灰捨て)やると蒸気が維持できなかったよー、とのこと。
 一方、1人増員して9人いれば2昼夜やれる、とも。「この程度」の想定は、この時発揮した24~25ktと思われる。つまり、現状だとこの程度がちょっと怪しく場合によっては1昼夜でバテるかも、と。

特務艦洲崎(初代)と戦艦山城
特務艦洲崎(初代)と戦艦山城,大正末頃(出典:筆者所蔵,曽祖父撮影)

 1916年(大正5年)竣工の「志自岐」を嚆矢として、一連の海軍タンカーの整備によって、重油専焼への切り替えが行われようとしていたのも時代の流れだろう。そのうちの1隻、洲崎には、機関長として私の曽祖父が乗艦していた。

※平賀譲デジタルアーカイブは、一度「閲覧はこちら」を押すと見られる筈
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