石炭を焚く(その4 自動給炭機)

 さて、石炭焚きには自動給炭機(ストーカ)という給炭方法がある。石炭焚きの船舶のボイラーは発電所などの定置式ボイラーに近く、蒸気機関車に装備されたものとは異なるが、船舶用自動給炭機には大きく分けて2つの種類がある。

 1つは"chain grate stoker"(鎖床給炭機)というもので、細かく砕かれた石炭(粉炭)をチェーンコンベアに一定の厚さに積み上げ、これを火床として燃焼させつつ灰を送り出すものである。欠点は、灰分が多い石炭でないと火床の形成が難しいこと、通風が難しいことであろうか。
 もう1つは"underfeed stoker"(下込給炭機)で、こちらは炉内の火床に対し、突起付のプレートコンベアを用いて下方から石炭を供給するものである。

 で、underfeed stokerの説明に何かいい資料がないかと探していたら、こんなのあったんでもういいよね(投
 CiNii 論文 - 黒龍丸級船水管式汽罐とメカニカルストーカに就いて

黒龍丸(Wikipediaより)
黒龍丸(出典:黒龍丸,Wikipediaより)

 。。。これら共通する、というよりは自動給炭機の欠点として、燃料とする石炭の性質がある程度限定されること、急激な負荷の増減に対処しにくいことがある。主力艦に給炭機を装備することによる重量増、故障の確率、被弾時の破損などを勘案すると、燃料の重油化の方がよほど容易いだろう。
 また、当時の軍艦において、淡煙焚火にかなりの努力を払っていた節があるので、負荷の急変時に不完全燃焼の黒煙を出しやすい性質のある給炭機の装備は、この点でも難しいと思われる。

 加えて、これら自動給炭機が商船に装備され出したのは欧米においても第一次世界大戦後、日本においては1930年代に入ってからである。日本船が自動給炭機を装備した理由として、好景気による船員不足も一因であるらしい。戦前日本の下級船員の雇用形態は、今の目から見れば独特のものである。

 他にやや性質は異なるが、名古屋丸級(Wikipedia)2隻(石原産業海運)、(名古屋丸/三菱長崎,2番船浄宝縷(ジョホール)丸/播磨造船)は粉末にした石炭を燃焼させる微粉炭燃焼装置を装備していた。

 どうでもいいが、浄宝縷(ジョホール)丸に、鉄道兵だった祖父が中国~台湾~フィリピンと乗船したことがあるらしく、10年ほど前に缶に何か装置が付いていたかどうか聞いてみたことがある。が、機関室に入らなかったので知らないとのこと。祖父がやっていたのは機関車の運転ではなくて軌道敷設の方なので、当然と言えば当然であるが。
 付記するなら、名古屋丸級に装備された微粉炭燃焼装置は「不成功に終わり」との回想があり、数年後に撤去して手焚に改造されたらしく、祖父が乗船した際にはすでに装備されていなかった可能性が高い。

 そういえば、国鉄の蒸気機関車で、特急のC62だかのストーカを止めて手で焚いてた(確か東北)とか、ストーカなしのC60を急行に、ありのC61を準急に充当していた(確か九州)などという話もあった気がする。いずれも、給炭機を用いると、煤煙に微細な燃え殻(シンダ)が混じるのが理由だったらしい。

 もはや話の方向性が定かでなくなってきたが、船舶の自動給炭機は後の昭和の世の話であって、超弩級艦の時代にすでに石炭焚きの限界は見えており、その解決手段としては重油専燃化であったとみてよい。

 なお、戦後は大型船舶の燃料にもはや石炭は用いられず、国鉄連絡船がその数少ない例外であろう。洞爺丸台風以後の青函連絡船には、労働環境の改善・安全性の向上のため、自動給炭機が装備されることになる。青函連絡船の自動給炭機については、国会でも話題になったことがある。

 衆議院会議録情報 第012回国会 運輸委員会 第5号第8号

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再掲)CiNii 論文 - 黒龍丸級船水管式汽罐とメカニカルストーカに就いて

 。。。ここに出てくるストーカ装備船(P23)のうち、ビーバーフォード(Beaverford)はポケット戦艦アドミラル・シェーアにジャーヴィス・ベイと同時に撃沈された船。その時までストーカ装備してたかどうかは分からない。

 不具合もあって外した船もあるようだし、結局主流とはなりえなかった訳だ<メカニカル・ストーカ
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