昭和20年7月14日・15日青函連絡船空襲

1945年7月14~15日、青函連絡船は米機動部隊の艦載機の空襲を受け、事実上壊滅している。

国立国会図書館デジタルコレクション

この写真がネットで見られる時代が来たんだなぁ。。。

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W型の操船指令器について

非常に詳細なブログ、ツイッター初めて拝読しました。相当な調査に感服しています。
わたしは、昭和20年3月6日に青森港外で沈み86名中82名が犠牲になった海難を調査している者です。
その戦標船第五青函丸の「船首尾への「操船指令」がブリッジににドッキングテレグラフD.Tの表記あり)がありますが船首尾にそれらしき記号もなく、どのようにして船首へ「投錨指令」「船首索解放」などを指示していたのか理解できないでいるところです。手持ちメガホン、拡声器(設備されたのはいつ頃なのか)、手笛、汽笛、伝声管・・・
どうぞご教示ください。お願いします。

【返信】W型の操船指令器について

>安田 様
管理人のHN:天翔と申します。ご来訪ありがとうございます。

さて、ご質問の件ですが、それが分かるような資料は持ち合わせておりません。知り合いより安田様が11月2日の第15回青函連絡船講演会で一般配置図と戦後船の写真を元にお話をされたと聞きましたが、私がそれ以上の何かを述べるのは難しいかと存じます。

お役に立てず申し訳ございません。
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ほとんどチェックしていないので、コメント等への反応は保証できません。。。まあもしそんなものがあれば、の話ですが。

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