一等輸送艦小笠原捕鯨戦記

 「捕鯨戦艦長門」が若干の誤解も含みつつ、人口に膾炙してきたのは喜ばしい限りであるが、このネタばかり先行して、実際に小笠原近海で捕鯨に従事した一等輸送艦の影が薄い。戦後に残存した4隻全てが、捕鯨母船として捕鯨事業に従事しているのだが(他に海難喪失及び未成各1隻)。

 小笠原捕鯨に従事した一等輸送艦の写真は何枚か残っており、例えばこの一葉の撮影日は1947年2月28日なので13/16/19号のいずれかだが、16号に前甲板のデッキハウスはないので残りのどちらかだろう。前檣に22号電探が装備されたままである。
 敷設艦を捕鯨船に改造・東京港で よみうり報知写真館より,「敷設艦を捕鯨船に改造・東京港で」で検索)

 一等輸送艦(第一号型輸送艦)の内部配置は、概略下図のとおり。
一等輸送艦図面
橙:居住区/青:貨物倉/桃:缶室/赤:機械室

 そして、一等輸送艦改め特別輸送艦改造捕鯨母船の内部配置図はこちら。改装内容は各艦まちまちで、こちらは初年度('46)の十九号。
一等輸送艦捕鯨母船改装後
黄:鯨肉・鯨油庫/青:プレスボイラー(鯨油搾油装置),装備位置(両舷各1基)

一等輸送艦捕鯨母船改装後ポンチ絵
原図(ポンチ絵)

 後部兵員室潰して、どうやって乗員46名と作業員70名を乗せたのだろうか。居住環境はかなり悪化していたものと思われる。直前まで復員輸送をしていた筈であるが、前甲板にデッキハウスは見当たらず。というか、増えた居住区はこれ元弾火薬庫ですな。。。

 終戦1年目の小笠原捕鯨は、19号を母船として2隻の捕鯨船(359t)と5隻の運搬船(70~80t)、1隻の処理船(998t)という船団で実施され、およそ2ヶ月間の操業で捕獲頭数113頭、油肉その他の生産量1,005トンの「戦果」をあげている。
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