瀬戸内海に眠るコンクリート船(その1)

 太平洋戦争末期、鉄材の不足に悩む日本は、代用資材による船舶の建造を試みた。その一環として、戦時標準船2E型相当のコンクリート製輸送船が終戦までに4隻建造されたと言われている。

 そのうちの2隻が、終戦後広島県呉市安浦町の安浦漁港の防波堤となって今に現存する。
武智丸(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)武智丸(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)

 戦後、艦船を防波堤とした例はいくつかあったが、北九州の若松港のものを除いて現存しない。八戸の戦時標準船2TL型は拡張工事で撤去され、駆逐艦・海防艦を防波堤にしたものの、不良工事による基礎の洗掘で数年を経ずして要を為さなくなった例もある。
武智丸(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)

 安浦漁港の2隻は、船体は半ば埋没し、傾斜しているものの、未だ当時の姿を現在に伝えている。
武智丸(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)武智丸(広島県安浦漁港,2013年7月13日筆者撮影)

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 また、太平洋戦争末期、南方からの原油還送をわずかでも促進するべく、曳航式の油槽船が建造されたことがある。資材不足の折、コンクリートで建造された一隻が、広島県呉市音戸町の坪井漁港で防波堤として現存する。
被曳航式油槽船(広島県坪井漁港,2013年7月13日筆者撮影)被曳航式油槽船(広島県坪井漁港,2013年7月13日筆者撮影)

 もちろん、敵潜の跋扈する海域を、こんな代物を好き好んで曳航したい者がいる筈もなく、ここで防波堤として余生を過ごせたのは幸いであったと言うべきであろう。
被曳航式油槽船(広島県坪井漁港,2013年7月13日筆者撮影)被曳航式油槽船(広島県坪井漁港,2013年7月13日筆者撮影)

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 ところで、被曳航式コンクリート油槽船のうち、現存が知られているもう1隻はやはり瀬戸内海にある。山口県下松市、徳山沖に浮かぶ笠戸島の夕日岬の北側に、満潮時にはわずかに海面に姿を表す程度の残骸として。
被曳航式油槽船(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)被曳航式油槽船(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)

 ここに骸を晒すに至った経緯は定かでないが、徳山の燃料廠と何らかの関係があるのだろう。終戦後、台風で繋留索が切れてここに座礁し、サルベージしたところで鉄材が得られる訳でもないので、そのまま打ち捨てられたと思われる。訪れる者もいない入江で、このまま朽ち果てていくのだろう。
被曳航式油槽船(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)被曳航式油槽船(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)

(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)(山口県笠戸島夕日岬,2013年7月14日筆者撮影)
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