マニラ湾の落日(その1)

Fold3: Military Records

 fold3.comより、1945年2月のマニラ港。日本商船隊の壊滅、という見出しが躍りそうな惨状である。右の一番手前は戦時標準船2A型、その左に岩城丸(鶴丸汽船,戦時標準船2E型)。2A型の右奥は二洋丸(浅野物産,戦時標準船1TL型)。

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 少し引いた位置からマニラ港を見たもの。中央の一番遠くにいるのが極東丸、一番右奥が能代丸。中央で左舷を見せているのが金華丸で、その少し奥に軽巡洋艦木曽。

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 日置丸(日本郵船,戦時標準船1K型)。防波堤の向こう側に横転しているのが妙義丸(東亜海運)、その向こうに軽巡木曽。

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 防波堤付近の沈船群。手前は大福丸型ストックボートのように思われるが、同型3隻がマニラ港付近で沈没しているため特定は難しそうだ。右手奥から2隻目の油槽船は、1枚目にも写っている二洋丸。

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 着底した川崎型油槽船極東丸(旭東丸,大八洲丸,飯野商事)、船尾から船首方向を見たもの。デリックのうち2本が鉄材節約のためトラス構造のブームになっている。

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 能代丸(日本郵船)。沈船群の最南端にいる。

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 軽巡洋艦木曽。改装で前甲板に装備された高角砲は、沈没後に陸揚げされたという。
 防波堤の向こう側に、戦時標準船2A型が2隻確認できる。2A型は5隻がマニラ港付近で沈没しているため、こちらも特定は難しそうだ。

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 駆逐艦沖波。左奥に神国丸(栗林商船,戦時標準船1C型)が見える。

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 ここからキャビテ方面。マニラ港より15kmほど南方に位置するので、いずれの艦船もこれまでの写真には写っていない。

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 空襲を受けるキャビテ港。中央やや左下の小島で駆逐艦秋霜と曙、第5蓬莱丸が沈没することになるが、この写真では確認できない。あるいは沈没前の時期の撮影かもしれない。左奥の水面はバイ湖。

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 左下隅に転覆した秋霜の船底が確認できる。1つ前の写真とは船舶の配置が異なるので、撮影時期も違う可能性が高い。

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 奥のタンカーが第5蓬莱丸(蓬莱タンカー,戦時標準船2ET型)、手前のビルジキールを見せて転覆しているのが秋霜、その間で艦橋と前後煙突が見えているのが曙。

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 キャビテで擱座放棄された給油艦洲埼。潜水艦の雷撃を受けて損傷した後、キャビテで入渠修理中に艦載機の攻撃を受けて大破したようだ。後甲板の12cm高角砲が天を睨んでいる。

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 これらより少し後、1945年8月19日にマニラで撮影された病院船橘丸。そうか、ここにいたのか。

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