艦本式ディーゼルとその戦後(その2)

 昭和20年の夏に日本海軍という組織は消滅したが、後には膨大な装備品が残されていた。航空機や艦船など、その多くが軍事用とみなされて賠償・解体の対象となったが、中には生き延びたものもあった。
 その一つが、艦政本部式22号内火機械こと22号ディーゼル機関である。戦時中は呂号や伊号の戦時型、甲型海防艦の主機として多用されたが、戦後は搭載すべき船舶もなく、三井造船所で仕掛け品と完成在庫が眠っていた。

 これに目をつけたのが、南氷洋捕鯨を控えて戦禍で壊滅した捕鯨船隊の再建に奔走していた捕鯨各社であった。物資不足の中、終戦直後に建造された捕鯨船(キャッチャーボート)に適当な舶用中速ディーゼルが他になく、1,600馬力程度にスペックダウンされて大洋捕鯨7隻、日本水産4隻、極洋捕鯨3隻の計14隻に22号10型ディーゼルが搭載された。払い下げ金額は1台50万円との記録が残っている。

 22号10型は、他に極洋の捕鯨母船ばいかる丸、日水の塩蔵/冷凍工船摂津丸が主機としてそれぞれ2基ずつ搭載しており、また極洋では丙型海防艦の主機であった23号乙8型ディーゼルを装備した捕鯨船を2隻建造している。

 なお、この摂津丸は元陸軍特殊船の摂津丸で、戦後魔改造の上南氷洋捕鯨に出漁している。昭和27年(1952)3月、南氷洋で間違いによりバルブを開放(分解)してしまったことによる浸水で沈没。

摂津丸 (陸軍特殊戦船M甲型) 日本水産所属,'48冷凍工船改装完成時
摂津丸 (陸軍特殊戦船M甲型) 日本水産所属,'48冷凍工船改装完成時

摂津丸 - Wikipedia

 これら海軍型ディーゼルを運用した漁業会社側の評判は芳しくなく、頻発する故障の他、元が高回転型(400回転/分)なので低速の長時間連続使用に不適当、部品の消耗率が大で保守に手間を要するなどの意見があったようだ。
 もっとも、当時の低質な燃料油や潤滑油、あるいは取り扱う人員の技量にも問題があったのではないかと思われ、これら不具合の原因をすべて設計や製造、材質に求めるのも酷であるかもしれない。22号10型装備の1隻、大洋捕鯨の第六文丸は、燃料油140klを搭載してデッキが波で洗われるような状況で長崎を出航、うち120klを消費して南氷洋まで単独航行するという芸当を見せている。

 後に主機を換装した捕鯨船もあり、定格400回転/分前後の22号10型は使いにくい特性であったようだ。当時の捕鯨船の主機は200回転/分程度のものが多かった。

 また、戦後の米軍海軍の調査報告書では、23号に言及して「手動注油箇所多いし、ウチのと比べるとまだまだだな(超意訳)」との評価があることも付記しておく。

REPORTS OF THE U. S. NAVAL TECHNICAL MISSION TO JAPAN

 S-42 Japanese Navy Diesel Engines (PDF)
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